仕事の責任と人間関係

仕事においても、私生活においても、信頼に支えられた人間関係は日常の積み重ねで築かれる——。SNS時代において、上辺だけのつながりや礼を欠いた振る舞いが横行する今こそ、本当に求められてい人間関係とはどんなものだろうか?
中卒であり、メディア業界においては何もないところから、独自の努力と利他性で信頼と実績を積み上げてきた沖田臥竜が、自らの体験をもとに人脈づくりや人間関係の本質を語る。
沖田臥竜 2025.08.06
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 都合よく自分の発言を後から正当化したり、そのために平然と嘘をつける人間がいるが、心配するな。そんなバカにはいずれ私は後悔させてやろうと思っている。とりあえず、心にもないことを言ってくる相手には、こちらも心にもない言葉で返せばいい。当たり前ではないか。失礼には失礼で返せばいいのである。

 ただ、ペンを握る立場である私だからこそ、最終的には100%の確率で社会的に後悔させることができるのだが、大勢は違うだろう。頭に来たり不快な思いをさせるだけだ。そんな人間には何も遠慮することはない。どれだけ恩を着せられても関係ない。

 だいたいそういう人間の特徴は同じで、自分がやってもらったことは簡単に忘れるのだが、自分がやってやったと思っていることだけは、孫の代まで覚えているのではないかと思うくらい、義理を着せようとする内弁慶だと相場が決まっている。

 他人が凄いことを成し遂げても、何の努力もしていない人間が、それを凄いと感じれない感性は嫉みや嫉妬でしかない。

 付き合う人間の基本の基本は、喜怒哀楽を一緒に分かち合うことができるかどうかに尽きる。それができない人間とは、直ちに人間関係を解消するべきだ。

 私の周りには私のことを好きだったり、応援してくれる人間が世代問わずに存在する。

 それを自分が失礼なことをしておいて、陰口を叩けたり、嫉妬できるバカのことを私は絶対に忘れない。なぜならば、それまでそうした人間に第三者が見たときにやれるだけのことを全力でやってきているからだ。

 それを自分の都合のいいように解釈したり、失礼なことをしているにも関わらず、少し言えば、こちらのせいにできるのは、世の中で通用しない。こちらの要件が終われば、待ったなしで突き刺すのは薄情でもなんでもない。当然のことだ。

 結局、そうした積み重ねが、芸能人のスキャンダルのスクープにも繋がっている側面があることをもっと知らなければならない。ただ単にネットや影で無駄な文句を言うだけじゃなしにだ。

 いつの時代も人間関係が仕事を生み、その人間関係を構築するのは、その人間が持つ責任感にほかならない。

 そして人間関係とは財産だ。それなのに、他人の人脈を簡単に無断で自分のものにしようとしても、ただ信用性を失うだけなのでやめておいたほうがよい。

 尼崎からたった1人でペンを武器にして、財産となる人間関係を構築させてきた私から、ビジネス、友人関係の基盤となる人脈の作り方を伝授していきたいと思う。

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