話題の『迷宮』の著者が語る「無実の証明」

文京区変死事件、いわゆる“木原事件”をめぐる、ネットを中心に拡大する疑惑追及やさまざまな憶測の声は、いまだ収拾がつかない状態だ。やれ、●●が真犯人ではないか、◯◯による圧力があったはずだ、などなど。対する木原サイドはさまざまな疑惑に対して「無実の証明」を求められるが……いち早く同事件を調査・取材していた沖田臥竜は、この状況をどう見ているのか。
沖田臥竜 2023.08.10
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沖田臥竜『迷宮』より

沖田臥竜『迷宮』より

 事件の内容に関わらず、何かをした際、やった証拠があれば、事件を報じる言葉は真実として第三者に伝えることが可能となる。だが、昔から言われてきたことだが、例えば明確なアリバイがない場合でも、疑惑のかかった刑事事件に対して、無実を証明することは容易なケースばかりではないだろう。

 だからこそ、刑事訴訟においては、犯罪事実が明確に証明できない際、疑わしきは罰せず、つまりは『被告人の利益になるように決定すべきである』とする原則があるのだ。

 この原則が、当局が逮捕・起訴する際に、公判を維持できるかどうか判断すれる基準となるのだが、それで言えば、2006年に起きた文京区変死事件は、12年後に再捜査が開始されただけでも異例のことだった。なぜならば、当局の結論が下されぬまま、「自殺の線が濃厚」として、捜査資料が警視庁大塚署のロッカーに埋没していた案件だったからだ。

 それをある警察官が「やはりこれは自殺ではなく他殺ではないか」と疑問を抱き、眠っていた捜査資料を取り出して上司に再捜査を上申したのである。

 この時点で、捜査線上に浮上した人物の現在の境遇などは何一つ考慮されていない。もちろん、それはこの事件だけが特別ではなく、どんな事件においてされるべき配慮ではない。

 あとになって、あれはこうで間違いない、いやこうだ、と言うのは、はっきり言って誰でも言えることだ。憶測や推理だけで、2006年に起きた未解決事件が解決すれば、それほど楽なことはない。

 ただ、12年前の事件の再捜査である。何か新たな証拠が出てきたわけではない。捜査資料から疑わしいという疑惑から始まっているのだ。再捜査に進捗がなければ、必然的に捜査が縮小されるのはおかしなことではない。その捜査方針に対して、無闇矢鱈に「圧力」などと何でもかんでも陰謀的に唱えるので、真実が余計に混乱するのである。

 私は「圧力」と言う言葉が大嫌いだ。なので、なんの疑いもなく、そうした言葉を簡単に口に出せる人種には、「いやだな」と一種の嫌悪感のようなものを抱いてしまうのだ。そうではないか。根拠もなく自分の無知な推測だけで「圧力だ!」とか本気で言えるのだぞ。私ならば、世間が納得できるような根拠を持ってきてから判断するし、何もやらない人間ほど、理屈ばかりが先に立つのだ。世の中を見てみろ。何かを成し遂げようとする人間が、屁理屈や口にした言葉を変えたりしているか。ただひたすらに一生懸命になっているだろう。

 再捜査にあたったという、元警視庁捜査一課の佐藤氏の推測も分からなくはない。文春でいうZが犯人ではないかという新たな説である。しかし、他殺か自殺かの自供もとれなかった元取調官が今更、記者会見に出てきて、「通す筋がある」という言葉に、またしても嫌悪感を抱いてしまうが、確かにそうした推測ができる状況にあったのは間違いないだろう。

 ここから先は、まだ世に出ていない話だが、だからと言って私は自分の中で、悪戯に何かを特定しきるわけではない。ただ、文春もなぜ、こういう攻め方、例えば事件現場と2018年に家宅捜索をかけた場所、名義人などから、理論づけて攻め込んでいかなかったのだろうか。そうすれば、いちいち記者会見でペロッと口を滑らせてしまう佐藤さんに、公の場で話させなくとも、読者が自然に連想してくれたのではないだろうか。

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