2022年夏ー続けてみて分かること
2022年夏、沖田臥竜は10数年間、筆を磨き続けてきたことへの「ひとつの到達点」として、たどり着いた場所にいたのだった。
継続は力なりーという言葉があるが、続けてみて初めて分かることがある。それは人の気持ちかもしれないし、自身の成長かもしれない。自分自身の弱さを思い知らされることもあるだろう。もちろん成功だってそうだ。
「そんな事は分かっているが、続けるのがめんどくさい」
大半はそう思うだろうが、生きている限り、誰しもが唯一、続けていることがある。それは、「生きる」ということだ。
例えば、大人になってから、小学生時代を振り返ったとしよう。当時と比較して、大人になった現在と、考え方や物事への感性が同じかと言えば、そうではないはずだ。
「いや!全く一緒だ!オレは40過ぎても小学生のときのままだ!」
と言う者がいれば、それは生粋のバカたれなだけで、例外なく、子供時代とは、心身ともに成長している。それは人間というものを続けているからだ。
10代には分からなかった世間の広さが、20代で分かるようになり、同じように30代、40代、50代と、年齢を重ねて初めて分かることがある。意識はせずとも、生きている限り、人間を続けているからだ。確かにどんなことでも、毎日、継続させるという作業は苦痛を伴うこともあるだろう。だが、続けてみて、初めて分かることが多いということも、自分自身の人生を顧みれば、分かることではないか。だったら、私は何事もやると決めたら、続けなくては損だという考えを持つようになったのである。
そして、昔では考えれないような仕事や人脈、世界で生きていたりする。もちろんそれだけではない。変わらず、人の世話を焼いたり、人知れず続けていることだってある。正解か不正解なんて分からないが、もう嫌だ!と思うことがあったとしても、私は諦めたりしなかった。それはこれからも変わらないだろう。
続けて分かること。それは確かに、この世の中に存在している。