『迷宮』の爆誕
『迷宮 』(サイゾー)
ほんまにちゃんと聞いて欲しい。オレは文春に妬みとか嫉みとか全くないねん。逆に言うと、感謝してるくらい。だって、文春が記事にして、百田尚樹さんがYouTubeで『迷宮』を宣伝してくれたから、売れたわけやん。そのおこぼれを頂けて、感謝しかないやん。
悪いけど、そもそもオレは、人が途中で諦めたり、やめたりする努力を延々とやってきてるから、人にたいして妬みという感情がないねん。逆に友達が成功したり楽しそうにしてるのを見るのが大好きで、みんなもそうなんやろうと勝手に思ってたら、違うかってんな、というのは最近、理解したねんけど、まあ人それぞれやし、そこに興味がない。
で、何が言いたいかというと、ほんまにdisってるわけではないというのを分かって欲しいねんけど、新しく文春の編集長になった竹田さんが書いたという挨拶文がばりおもしろかった。なんやったら文春の5週連続頭で持ってきた、文春でいうところの木原事件の今週の記事より面白かった。もう木原事件の記事を読まんでも、それでお腹いっぱいなったもん。
だって、佐藤さんいてはるやん。あの組織を裏切ってペラペラっと…失礼。元警視庁捜査一課の取調官。あの人のことを褒めてんねん。地方公務員違反の恐れや警察ムラからの批判も覚悟の上で、「それより通すべき筋がある」と決意してくださった、その胆力と勇気には、感謝してもしきれませんって……あかんに決まってるやん。
地方公務員法違反の恐れがあるのに、法の境界線を越えることは、絶対にマスコミやメディアがやったらあかんし、通すべき筋なんてバリ寒いやん。ないよ、そんな筋。それによって事件が解決するねんな、かと言えば、絶対にせんやん。それよりも守るべき筋はどこにいったねん。
で、最高に良かったのが、記事を担当した11人記者を武田さんはべた褒めしてはんねん。ただ、さんざん褒めるだけ褒めて、全部、記者の名前はイニシャル。佐藤さんには実名告白されておいて、自分の手下には、素晴らしいと褒めちぎりながらイニシャルを使う。もう、最高やんか。
読んでて、なんかどっかでよく読むような文面やな〜と思っててんけど、気づいちゃったよ。これあれやん。初めて本を出した人間が、あとがきで書くやつやん。本書を出すにあたり、〇〇さんと〇〇さんと…て延々に内輪の話を書いてるどうでもええ文章。あれのテイストやん。
ほんまdisってないねん。読み手の興味を惹くのは大事なことで、オレも昔どうしようもないライターに教えられたもん。まあ2秒でそいつを超えちゃたけど、「いいですか沖田さん。作家は批判もご批判と思うんですよ」って。まあオレの場合は、文句言うなら読んでくれるな、て思ってまうけどな。
ちなみに竹田さんは副編集長から7月に編集長に昇格されて、もしかすると手下にお気をつかわれてベタ褒めして、「あれで今週の文春は読む気がなくなった…」と言わしめさせたかもしれんけど、心配せんでいいと思う。
ある文藝春秋、文春でいうところの本誌の人がめちゃ嫌いって言ってたから、グッジョブ。大丈夫だよ。
でも百田尚樹さんもYouTubeで『迷宮』の第一章を全部、朗読されてて、へなちょこ作家に限って「使っていいとは言ったけど、全部、読むとは何事かっ!」て、どうせ言うやん。大したヤツじゃないやつに限ってな。オレの場合は、素直に全部、読んでもらえて嬉しかった。更に褒めてくれてるわけやん。実際、生きていくのにそりゃ金は欲しいけど、オレらは読んでもうて見てもうて、なんぼやん。だからよく最後まで全部、読んでくれてめちゃめちゃおもしろかった。
さて、『迷宮』のまえがきを以下に全文公開する。それが終われば、有料会員限定で答え合わせから始めたいと思う。
ー迷宮ー
まえがき
調べていくと、「これは知ってはいけないのではないか、、、」と、ゾクゾクとした恐怖に似た感覚に陥ることがある。そして、点と点が線で繋がる瞬間というのがあるのだ。
それは、開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったような感情に似ているかもしれない。
だが、そこを莫大な資料に目を通して、丁寧に取材し追求していくと、その線は朧げにも儚く消えていって、迷宮へと行き着いてしまうのである。いわばだからこそ、未解決事件ということになるのではないだろうか。
実際、莫大な資料を読み漁り、当時の事件を追っていた方々に話しを聞く中で、「もしかしてー」と思った瞬間は何度かあった。実際その推理が的中し、他の事件と照らしわせてみた結果、それがピタリとハマった瞬間もあったのだ。
だが、それはあくまで推測でしかない。時間の経過もさることながら、どれだけ現地に赴いて聞き込みや取材を行なってみても、可能性が残るだけで潰しきれないだ。つまり憶測の域を出ることができないのであった。
私と未解決事件の出会いは、17歳の時に遡る。1993年7月7日。当時19歳の少女が私の地元であった兵庫県尼崎市内で焼かれて刺殺されるというショッキングな事件が起きたのだ。私とひと学年上となる少女に面識は全くなかった。だが、SNSもまだない時代の街の噂では、少女は地元の暴走族の不良集団に殺害されたのではないか、、、と囁かれていたのだ。
そうした噂の根底にあったのは、地元警察が地元の不良少年たちに聞き込みにあたっていたからであった。当然、暴走族だった私のところにも刑事2人がやってきた。
そして数枚の写真を刑事から見せられたのだが、そこに写っていたのは、30代後半ぐらいだろうか。パンチパーマ姿でガラの悪い人物であったのだ。少年だった無知の私ですら、本当は暴走族の少年たちではなく、この人物らを追っているのではないかと推測することが出来た。
その時に、水面下の捜査とは、街の噂とは全く異なる次元で進めらることもあると知ったのだ。それはある意味、衝撃でもあった。そこからだろうか。世間を震撼させたオウム真理教事件、スーパーナンペイ事件、世田谷一家殺人といった事件がメディアで取り上げらるたびに、TVに釘付けとなり、のちに出版される本を読み漁るようになっていったのは、、、。
いや、もっと言えば、私が小学生の時に起きたグリコ森永事件の際にも、「かい人21面相」を名乗る犯人グループからの手紙が新聞で取り上げられるたびに、小さな胸をドキドキさせながら、その紙面を切り抜き、私が通う小学校の教室に貼りつけ、休み時間になるとそれを隅から隅まで何度も何度も読んでいた。
まだ当時は小学生である。うまくは表現できなかったが、見えない犯人の心理状況にひどく興味があったのだ。どういう経緯で事件を起こし、現在もどういう心理状況で社会で生息しているのか。そこに惹かれたとでも言えば良いのだろうか。
私が未解決事件を書くきっかけとなったのは、ある人との出会いに起因する。その人を紹介してくださったのが、最大大手出版社の週刊誌の私の担当をやってくれている人で、次世代のエースと言われている人であった。そもそも、その人を紹介してくれたのが、大手有名企業の社長で、その社長との出会いが、テレビ朝日系列のある番組であった。その番組に出演した際、社長から食事に誘われ、意気投合し、次世代のエースと言われている編集者のかたを紹介してもらったのだ。
そして、私が上京すれば、3人でいつも集まり、酒を飲むようになったのだ。そうした中で、「信頼できる人がいる」と紹介されたのが、私が未解決事件を書くきっかけとなった人であった。
それから、まさに二人三脚で本書を作り上げて行くことになるのだ。
本書には、日本三大未解決事件と言われる「世田谷一家殺人」「スーパーナンペイ事件」「上智大生放火殺人事件」他、未だ謎の多い死者44人を出した歌舞伎町ビル火災、そして仮に弾ければ世間が大きく注目する未解決事件などが収録されている。未解決事件のままではなく、時効が撤廃されたことで、16年の歳月を経て、突如解決することになった事件もその経緯を辿った。
事実を丁寧に追いながら、語られなかった事実や裏側も追い続けた。それが事件解明の手掛かりになるなどと大それたことをいう気は毛頭ない。
ただ、日本の警察が総力を挙げて、それでも検挙できなかったのだ。易々と未解決事件の犯人を断定することなど出来ないということは、知ってもらえるのではないだろうか。
「調べれば調べるだけ分からなくなる」
最初に本書を私と二人三脚で作った人が言った言葉だ。私も最終的には、その極地へと到達することになるのである。
本書はこれまで、書かれた未解決事件の真相なる書物を全て否定する。答えは簡単である。ならなぜ、犯人が逮捕されないのだ、である。悪戯に推測立てるのは確かに読む分には面白いかもしれない。だが、そこに真実があるかといえば、そこに真実は存在しない。
令和2年夏
沖田臥竜
【運営注】『迷宮』が現在重版中だが、電子書籍kindleではすぐに購入可能。
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