ポスト岸田候補から消え去ったある人物
画像はイメージ
自民党総裁選の演説で、後にも先にも私の記憶に鮮明に残っているのは2020年9月に行われたもの。世はコロナ禍の真っ只中。それは、「私の原点について少しだけお話をさせていただきたいと思います」との出だしから始まり、 「雪深い秋田の農家の長男に生まれ、地元で高校まで(過ごし)卒業をいたしました。卒業後、すぐに農家を継ぐことに抵抗を感じ、就職のために東京に出てまいりました。町工場で働き始めましたが、すぐに厳しい現実に直面し、紆余曲折を経て、2年遅れて法政大学に進みました」と続いていく、 菅義偉氏の演説だ。
人の記憶とは得てしていい加減なもので、てっきり忘れさられているだろうが、この時の総裁選の本命はそれこそ現・総理大臣の岸田文雄首相であった。本来ならば、岸田氏は2020年に総理大臣になっているてもおかしくなかった。ちなみに、この2人に加えてもう1人の立候補者が、一度は故・安倍晋三元内閣総理大臣と総裁選で接戦を繰り広げた経験がある石破茂氏であった。
ただ石破氏は、安倍氏と接戦を繰り広げた次の総裁選でも安倍陣営からの要望を拒絶し総裁選へと出馬し惨敗を喫しており、自民党の要職を全て剥奪されていた状態だった。
私は安倍氏が辞任を表明したときに、次の総理大臣はあらゆる角度の分析結果から、菅氏であることを導いていた。それを踏まえた上で聞いた菅氏の演説は見事なものであった。
総裁選の票を読むのはそこまで難しいものではない。そこには、国民投票ではなく、派閥同士の数の論理が働く争いだからだ。
確かに石破や麻生派の河野太郎氏などは、世間からの認知度が高いかもしれないが、自民党内では変人扱いされている。これでは担ぎ手は誰もおらず、つまりは内閣総理大臣に就任することができないのだ。
石破氏は故・安倍氏との接戦後、安倍氏サイドの意向を聞き、時を待っていれば、嫌でも内閣総理大臣になれた人物だった。だが、読み間違い、すっかり敗軍の将が板についてしまった。ここに自民党員が集まろうとするか。考えるまでもない。答えは否である。
そんな中、次は岸田だ!と言われ続け、同時に庶民には「岸田はバカだ!バカだ!」と言われ続け、2020年9月の総裁選で官房長官であった菅氏に敗退したのだが、実は彼は決してバカではない。結局、菅氏の次の内閣総理大臣に就任しているのが、岸田氏だからだ。
誤解してはならない事がある。岸田氏は何もしなかった。何もしないのはバカではない。
世の中を見てみろ。総理大臣に限らず、小さな世界であっても少し権威や発言を与えれば、勘違いしてしまい、すぐにそれを行使したがるその他大勢で溢れかえっていないか。そうした中で、部下に発言を聞き入れてもらえずに、何もしない、というのは決して何もできないとは訳が違う。そんなものは、言う事を聞く者を周りに集め、邪魔な者を更迭させれば良いだけなのだ。それをしなかった岸田氏は、生まれ持っての人柄が良かったのだ。文句を言われても何もしないということも一つの立派な才能だ。
多くの国民は、小泉進次郎と聞けば「バカだ」と評するだろう。だがその心配には及ばない。
なぜならば、多くの国民よりも優れているからだ。それは生まれ持って与えられた環境かもしれない。だが、バカだと評する大勢は、彼の立場にはなれない。彼は全てを捨て去れば、いつだって大勢の中へと飛び込めるのだ。
ほんの少し前まで彼は官邸内を歩くとき、取り巻きがおらず1人で普通に歩いていたのだ。政治家とは分かり易い人種でもある。特に政権の中にいる自民党員たちは、サラーリーマンの処世術を如実に体現しているとさえ言えるだろう。だが、ある時から彼の周りに人が集まり始めていた。そのある時とは、岸田氏の支持率が下がり続け、退任待望論が囁かれた時からだった。
このときにその動向に注目が集まったのは、菅氏である。菅氏はそのとき小泉進次郎について、「まだ担ぐ時期ではない」と周囲に漏らしたとされている。
「まだ」と言っていたのだ。述べるまでもないだろう。菅氏が小泉進次郎を担げば、次の総裁選で小泉政権の誕生も夢ではない。
だが、私が述べたいのはそこではない。2019年時点で、小泉進次郎のライバルと言われる人物が存在していた。それが仮に岸田内閣が誕生すれば、アキレス腱になるとまで言われていた人物だ。
人の記憶や憶測は得てして都合よく身勝手なものである。
分析もせずに好き勝手に述べるのは、私に言わせれば、それはただの感想に過ぎない。