尼崎市長選と、今はまだ誰も関心を示さない新プロジェクト
私の友人に選挙のエキスパートと呼ばれる人物が存在する。選挙コンサルをなりわいにしている人物らもその友人もそうだが、選挙区に入れば、だいたい過去10年の選挙データを調べ、選挙区の地域を東西南北に分けることから始め、どこが弱く、どこで演説が必要かなどを分析していくのだ。そこから街宣の戦略を組み立ていくのである。
そして選挙事務所とその選挙を動かしているヘッドとの温度感などを把握して、押し上げていくのだが、今回の尼崎市長選の維新の敗北について、私の友人は「選対本部がガタガタだった」という見解を示していた。
そして、「兵庫維新は選挙戦略を練れる参謀が育たないと、まだまだ兵庫では勝てない…」と述べていた。
ヘッドというのは、選挙を動かす人物のことだが、今回、尼崎市長選において維新のヘッドとなるのは、本拠地を尼崎に持つ室井邦彦であった。それだけに、室井サイドは絶対に負けたくはないという強い意思を持っており、同時に兵庫県においても、尼崎という地域ならば、他の地域よりも戦えるのではないかと踏んでいた。
なぜならば尼崎市は淀川を挟んで直ぐ隣が大阪府となり、兵庫県がもつ維新アレルギーに唯一、競り合える可能性のある地域で、そこまで抵抗なく維新のいつもの他府県での戦い方。浮動票を使える場所であった。
だがそれでも、前任推薦で20パーからのスタートの壁は高く、断然、前任側が有利だった。そして結果的に維新は敗れることになった。
私は政治というものに全く関心がない。政治が良くなっても悪くなっても、根本的に自分自身が頑張ったり努力しないと何も変わらないからだ。
だが今回、尼崎の市長選は嫌でも耳に入った。それは幼馴染が後援会長を務めていたからだ。
改めてだが、若い若いと言われていたが、いつの間にかそんなに年をとっていたのか…と感じずにはおれなかった。幼馴染の同級生が後援会長で、市長選に立候補した2人はどちらも年下なのだ。通りで、寝ずに働けなくなってきたわけだ。
私が小説家になる、と言った20余年前。誰も耳を傾けてくれることはなかった。それを私は自らの手でもぎ取って切り拓いてきた。誰もがハナにかけないことを成し遂げるには、執念ともいえる思いと、何の保証もない中での継続がいつだって必要とされる。
さて前回の続きである。書くことをお願いされたが、書くことがいかに大変か。みんな言うではないか。
「いや〜とても小説なんて書けないですよ〜」
それはこちらも変わらない。それくらいは書くという作業は地味で過酷で大変なのである。